2015年02月12日

花子さんのこと


 悲しいお知らせです。

 当ブログを立ち上げ、長い間、折にふれていろいろな記事を書いてくださった花子さんが、昨年春に見つかった病気が回復せず、亡くなられたという連絡を2月6日(金)に受けました。
 とてもショックでした。

 花子さんは、アメリカや韓国の速記事情の視察旅行を実現させたり、アメリカの速記者との交流やマスコミとの関係を築くなど行動力、企画力のある人間的な魅力にあふれた先輩速記官でしたし、速記官制度を守る会の運動を始めた当初から中心的な役割を果たしてくれていて、守る会にとって、もっとも頼りになる役員のお一人でした。
 この数年をみても、近畿の全弁護士会及び近畿弁護士会連合会から養成再開を求める声明等が出されたのも、花子さんの力があったからだったことは言うまでもありません。
 1993年前後からの速記官制度の見直し問題をめぐるたたかいに共に関わってきたものとして、花子さんの訃報には大きな喪失感を覚えますし、残念でなりません。

 養成再開を1日も早く勝ち取りたいと、いろいろ取り組みを進めてきましたが、未だに実現していません。花子さんにとっても大きな心残りだったのではないかと思います。
 今となっては、一日も早く養成再開実現を報告できるように取り組みを強めていくことを誓うのみです。
 改めて、心からご冥福をお祈りいたします。
 合掌。
(葬儀は、故人やご遺族の意向もあり、家族葬で執り行われました。)
(太郎)


posted by sokkikan at 22:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 今日の記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
人望、人脈、企画力、行動力、大阪の乗りの良さ、美貌、大好きな花子先輩が亡くなり、しばらく呆然としていました。「シシー(若かりし頃の彼女のニックネームだそうです)」のご冥福を祈ります。
太郎さん、片腕をもがれたようなご気分のこととお察しします。花子さんにいい報告ができるように、地方からも支えたいと思っています、今後とも、よろしくお願いします。
Posted by ミロ at 2015年02月15日 12:51
 花子さんのこと、連絡を受けてびっくりしました。賀状には、「あちこちで起こる(原発)再稼動の動き許せません」と、本人の筆で書いてあったのに。
 思えば、速記官制度の養成停止の動きがあったときから長い付き合いでした。全司法の大会では論陣をはって頑張ってくれました。そして「はやとくんフォーラム」、速記官制度を守る会といつも全力で走っていました。
 呆然として言葉も出ませんが、今はただご冥福を祈るだけです。
Posted by 昔の速太郎 at 2015年02月18日 16:27
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