2014年01月22日

(続)「法言語学に見る速記者・速記官」守る会本部ニュース40から

2013年10月23日、このブログで紹介しました、守る会幹事の丸山竜一さんによる記事「法言語学に見る速記者・速記官」の続編です。具体的な事例を挙げて紹介されていますので、ぜひお読みください。
  
  前回は、法言語学→世界の法廷速記者→日本の裁判所速記官とたどりましたが、今回は、日本の裁判所速記官を先にして法言語学と対照して述べます。
  ※文中,『教室』は『法廷はことばの教室や!−傍聴センセイ裁判録』,『いざない』は『法と言語−法言語学へのいざない』を略記しました。

■トランスクリプトと正確性
【「信楽列車事故訴訟」では鉄道専門用語、「薬害ヤコブ訴訟」では医学専門用語が飛びかいました。みなさんは次のことばを音で聴いて意味をくみとれるでしょうか?
「おのたにのじゅうさんあーるえーえすあーるという、せっきんさじょうりれー」「りかんりつひ」「しょうれいたいしょうけんきゅう」
これを速記官はすばやくタイプしていきます。
「小野谷の13RASRという、接近鎖錠リレー」「罹患率比」「症例対照研究」
  公判中で意味がくみとりにくかった発言も、このように打ち直された速記録が迅速に関係者の手元に届けられることで、意味が鮮明になります。専門用語を正確に迅速に記録する速記官の活躍は、訴訟の進行に大きく寄与しているのです。】(『教室』より引用)
 
  こうした「音声言語→書記言語」の変換は、司法分野において、ローマ時代の昔から世界的に議論されてきているようで、それは、口頭による手続き・文書による手続きという面にも表れています。言語学では、音声を文字に書き起こしたものをトランスクリプトといいますが、法言語学でもこの観点から正確性の問題をどう追求するのか、編集はどこまで可能なのかについて、現代でも重要なテーマです。


■声にならない言葉の表記
【一九九二年三月に東京地裁で、電気機器メーカー日立製作所の著しい男女差別是正を求めて行われた裁判があります。日立男女差別裁判です。この原告九人うちの一人である堀口暁子氏は、裁判の状況を適切に表現する速記録に感動したといいます。
  会社側から反対尋問を受けるとき、緊張のあまり声がかすれたり、聞き取れない声になってしまったりすることがあったそうです。ところが、速記者がタイプした口頭弁論調書には、(うなずく)と記載されていました。そのおかげで、尋問に答えなかったのではなく、全身で「はい」という態度を示したことを、正しく伝えることができたのでした。
  また、あまりにも無慈悲で酷薄な、原告の人格を根底から傷めつけるような会社側の尋問に対して、原告が絶句してしまうこともありました。そういう場合、調書には無記載ではなく、「……」と記されていました。これによって、原告の、言葉にならない悔しさや憤りが、客観的に記録されることになったのです。このような速記者の支えに、堀口さんたちがどれほど慰められたかはかりしれないものがあると思います。
  こういった感慨を起こさせるのは、ひとえに速記官たちが、一瞬で消えていく話しことばの命を愛おしみ、慈しむかのように聴く姿勢を貫いているからにほかならないでしょう。】(『教室』より引用)
 
  この「声にならない言葉」「逐語から要領への編集」の問題も、法言語学では重要なテーマとされており、世界的な焦点であることがわかります。「笑い声」「泣き声」は記録すべきか。「首を振る」「陪審のほうを向く」のような行動の表記をどうするか。また、出だしの誤り・言いよどみ(「ええと」「あー」など)についても論究されています。そして、「繰り返し」は書き言葉ではよくないものとされているが、話し言葉では重要な強調の一種である、などとも。
 
■トランスクリプトと言語権
  法言語学と速記官を考える場合、今まで述べたトランスクリプトの問題と言語権の問題があると思います。
  【言語権とは、「自己が自ら望む言語を使うことができる権利」「自己もしくは自己の属する言語集団が、使用したいと望む言語を使用して、社会生活を営むことを、誰からも妨げられない権利」とされ、それは「その社会の中で自己の言語が使用する環境を国家が整えることを要求する権利」という社会権につながっています。】(『いざない』より引用)

  この言語権は、例えば、標準語と方言の問題でもありますが、アメリカでは、標準英語とアフリカ系アメリカ人の話す英語との問題としてあるようです。
 
■ 法言語学とは何か
  最後に,法言語学とは何かということですが,『いざない』は,「法言語学は、法律家にとっての暗黙知である司法言語を法曹のみならず市民にもわかりやすく提示することによって、成熟した市民社会の形成に貢献する学問である。」と結び,「日本には、実定法としての言語法はないし、その必要性が公に論じられたこともない」「日本には総合的な言語政策はない」とも論じています。

  法言語学を知り、「守る会」としてもこうした課題に応えていかなければならないと考えた次第です。
世界各国に法廷速記者がいて、日本の裁判所法には「各裁判所に裁判所速記官を置く」と定められているのですから。 (完)



posted by sokkikan at 19:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。