2013年08月01日

「法廷はことばの教室や!−傍聴センセイ裁判録−」紹介

こんな本が出ています。
著者は札埜和男さん(大修館書店発行 1300円+税)で、タイトルの傍聴センセイのとおり「高校生に国語を教えている教員」と自己紹介があります。
「法廷はことばの教室や!」本.JPG

数多くの法廷で傍聴センセイをしながら、裁判官、弁護士、調停委員、法廷通訳人、刑務官、法医学者、速記官、家裁調査官、教誨師、原告、被告人などなど、法廷と縁がある(あった)人たちへのインダビューを織り交ぜ、「ことば」にこだわったユニークな本となっています。


中でも、そこで暮らす人とともに生きている方言について、それが法廷でどのように使われているのか、方言ならではの機能について具体例をたくさん挙げて紹介しているのも値打ちです。


速記官については、「7 話し言葉は、はかないものです −速記官の果たす大きな役割」の項で詳しく触れられています。
登場する速記官Dさんの「話しことばは、はかないものです。一瞬で消えていくことばを拾い集め、それを紙の上にきちんとした形で定着させるのが速記官の仕事だと思っています」を、「速記官としての『ことば』観」として紹介しています。
確かに速記官は法廷で、言葉が音にはなってないけれど、でも意思表示はある、という所作までを言葉を補完するものとしてすくい上げ紙に定着させ、臨場感のある速記録を作り上げるということは多々あることで、これこそが速記官魂と言えます。

その他、速記官については「速記官にとっての二・二六事件」とも言うべき最高裁の速記官養成停止決定(1997/2/26)、その後、代替措置として採用された録音反訳(テープ起こし)や音声認識システムの問題点などが網羅されています。
そして「速記官が培ってきたのは、単なる『スキル』ではなく、優れた『言語文化』です。」に続き「速記官養成停止という暴挙は、時代に逆行する動きであり、言語文化の継承の意味においても許すまじきことです。」と結ばれています。
この夏休み、ぜひ手に取っていただきたい一冊、お勧めです!



posted by sokkikan at 13:38| Comment(4) | TrackBack(0) | 今日の記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
公立図書館にリクエストして購入してもらい、興味深く読ませていただきました。昔、県外出身の裁●官が県外出身の書記官に「方言は共通語にして調書作成するように。」と言っているのを聞いたことがあります。地元の言葉が分からないのに共通語に直すなんて無理だと思いました。しかし、その裁●官は、方言の後に括弧書きして共通語を入れていましたので、速記録にはケチはつけられませんでした。方言でないと微妙なニュアンスが分からないことも多いのですのに。今はどうなっているのでしょう、心配です。
Posted by ミロ at 2013年08月30日 13:21
コメントありがとうございます。
花子の遠い昔の経験ですが、選挙違反の事件で「庭銭」という言葉が出てきたこと、思い出しました。
その言葉は使った被告人以外、だれしも初めて聞く言葉だったようで、それはどういう字を書くのか、意味は?と聞かれたくだりを全部速記したことがありました。この「庭銭」という言葉の持つ意味そのものが、事件の成否の一つだったようです。今でもあるんじゃないでしょうか、置き換えたらいいではすまないことが。
Posted by 花子 at 2013年08月31日 08:17
「庭銭」って、どういう意味ですか?ミロの住む地域では、「そう」を「さあ」と言います。「そうそう」は「さあさあ」です。「さあ?」って言う言葉もありますし、文字化すると意味が分からなくなります。ほかに「いじょう(いつも)じょうりました(出かけていました)」など、県内出身者でも、方言が分からない人も増えてきました。あまちゃんでも「方言」を大事に遣ってますよね。じぇじぇな世の中になってほしくないですね。
Posted by ミロ at 2013年09月03日 14:39
「庭銭」ね〜 どういう意味だったか、その説明はもう覚えていません。まあ「銭」のやりとりなんだけれど、それが買収に当たるのかどうか、ということでした。ミロさんの地元の言葉も、なかなかなものですね。「あまちゃん」と「八重の桜」、どちらも方言が生き生きしていて私は好きです。
Posted by 花子 at 2013年09月04日 14:17
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。