2010年04月29日

あのころは54名の速記官(大阪地裁)

昨日(4月28日)付けの朝日新聞朝刊に「母子殺害 死刑を破棄」の大見出しで、最高裁は、無期懲役とした一審大阪地裁判決、死刑とした二審大阪高裁判決ともに破棄して、大阪地裁に審理を差し戻したとの報道がありました。

今から8年前の2002年の事件です。

そういえば、あのころ大阪地裁には速記官は54名いました。
(最高裁が養成停止を決めた1997年は100名いましたが、このころ既に半減。現時点では3分の1に満たない30名になってしまいました。)

そして、このような重大な事件で、かつ事実に争いがあるという事件は、すべてと言っていいくらい裁判官から速記の立ち会いが要請され、それに応じられるだけの速記官もいて、証人や鑑定人や被告人の証言・供述は速記録として残すことができました。

速記官が作った速記録は、一審、二審の審理過程において十分に活用されることでしょうし、こういう事実調べを行わない上告審最高裁においても、一審・二審公判記録としての役割を果たせていることだと思います。

こうして考えてみると、きちんとした公判記録を残すことの重要性は不変!だと、ますます確信が強まり、その担い手たる速記官の養成再開は急務だとあせります。

そろそろ最高裁だって気づき始めているのではないでしょうか。



posted by sokkikan at 20:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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