2015年08月10日

最高裁の言論弾圧?アメリカの速記・削除命令

DSCF3228.JPG   最近、「ニッポンの裁判」(瀬木比呂志著・講談社現代新書)を読んだ。
   著者は、裁判官から2012年に明治大学法科大学院専任教授に転身された方である。
   法曹関係者などの間で話題となった「絶望の裁判所」(講談社現代新書)など裁判所の現状を批判的に書
 かれた著作や「民事保全法」などの専門書、その他一般書などの著作がある。
   本書は「絶望の裁判所」の姉妹書であるとされる。
   記載内容については、いろいろと考えさせられることも多い。
   本書のご一読をぜひお薦めしたい。

   さて、この本を取り上げた理由は、その「あとがき」に以下の記述があるからである。多少長くなるがぜ
 ひ紹介したい。「」内の太字部分が判事補の記載である。

 判事補時代に学者に転身された方(年齢は私より十数年若い)が事務総局の言論統制、弾圧について記したインターネット上の文章を、御参考までに引用しておこう。表現を若干整えた以外は原文のままである。
私も、判事補在職中に最高裁秘書課や民事局から、論文の削除、訂正を求められた経験がある。といっても、最高裁を直接批判するようなことを書いたのではない。最高裁いわく、『アメリカでは速記官が法廷でのやりとりをすべて記録している』という記述は、最高裁の進める速記官の養成廃止の方針に反するから削除せよ」『(中略)短期賃借権者のほとんどは正常な賃借権であり、全部廃止するのはゆきすぎである』という記述は、立法妨害になるから削除せよ」
(中略)一介の判事補が、最高裁から名指しで圧力を受けるのは結構きつい。(中略)若手裁判官に対しては、最高裁判所事務総局は、このように、検閲や発禁処分に等しいことまでやっている。これは、日本国憲法21条2項違反の行為である。驚くべきことだが、ここでも、裁判所自身が法を犯しているのだ。

とのことである。この一文を目にして、やはり最高裁はここまでやっていたのかとの思いを新たにした。
最高裁判所裁判官会議での裁判所速記官の養成停止決定(速記官制度の将来廃止決定)に至る経過とその後の事務総局のやり口を見れば、著者の指摘が事実無根だとか的はずれだとは到底思えない。

速記官の養成停止の問題で言えば、養成停止決定は、最高裁判所裁判官が国会で成立した裁判所法で定められた職員制度を最高裁の判断で、事実上制度をなくしてしまう(最高裁による消極的立法)というものである。
最高裁の裁判所速記官の養成停止決定は、単なる法律違反ではない。
国会の立法権を侵害したもので、国政上の大問題だからである。

判事補の指摘した事実は、少しでもアメリカの法廷を知るものにとっては、常識であるといってもよいことである。州によっては、記録の残し方に違いがあるといわれているが、客観的で正確な公判記録等を残そうとする姿勢は共通である。いったんは録音反訳方式を採用しながら、法廷速記に回帰した州もあると聞く。

日本の最高裁事務総局には、残念ながら客観的で正確な公判記録を残そうとする姿勢がない。
事務総局は、裁判所の合理化を優先し、客観的で正確な記録の作成ひいては公正・迅速な裁判は二の次にされているといわざるをえない。
現に、裁判員裁判では、審議・評議に際して、法廷の供述調書が作成されていないため、裁判員自身のメモと記憶だけで審議・評議することが求められている。
こうした裁判で、本当に誤判を生むことはないだろうか。
裁判員裁判による冤罪はないといえるだろうか。
公正・迅速な裁判はどうやって保障されるのだろうか。

客観的で公正・迅速な公判記録の作成は、国民の裁判を受ける権利の保障のために必要不可欠な制度の一つである。
一日も早く、裁判所速記官の養成再開が求められている。
改めて声を大にして、広く訴えたい。
(太郎)










posted by sokkikan at 00:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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